金子家住宅

ヒキコマの古商家(越生 金子家住宅)

武州一揆の傷跡が残る、江戸時代末期の越生の古商家が解体を免れ、蘇えっている。

知人の紹介でお会いした金子和弘さんは、2008年、大手出版社を定年退職した後、自宅近くで解体の恐れのある古商家を自費で購入した。自宅前の由緒ある建物が、保存されることもなく解体されたのを見て、この建物はそうならないようにしたいと思ったのがきっかけとのこと。2014年には国の登録有形文化財(建物)に登録された。

http://www.pref.saitama.lg.jp/site/station/station-news-251115.html

 

2階の客間に上がる階段

2階の客間に上がる階段

金子さんは住居として使われていた建物を、江戸時代の豪商の家を思い出せるような、たたずまいになるよう少しずつ手を入れ続けている。住むことはしないが使い続けることが重要として、落語会の開催、同窓会仲間の集まり、ギャラリーに使うなど工夫を重ねている。

 

金子家住宅は、どうなっているのか? どんな活用が始まるのか? 補修の経緯などを金子和弘さん、本人に語っていただく予定なので、楽しみにしてください。

 

下記は、埼玉県のホームページ記載を抜粋

金子家住宅主屋

(1)員   数 1棟

(2)所在の場所 入間郡越生町大字越生字町769

(3)構造・形式 木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積230平方メートル

(4)年代 安政5年(1858)/明治時代前期・大正時代改修

(5)登録基準 「一 国土の歴史的景観に寄与しているもの」

 

●金子家住宅の主な特徴

越生の重要道路・県道寄居飯能線沿いに位置する金子家住宅は、生糸の仲買取引で財を成した越生屈指の豪商・嶋野伊右衛門によって、江戸時代末期の安政5年(1858)に店舗及び住居として建てられました。

慶応2年(1866)に起きた武州一揆の際には、嶋野家も住居や土蔵を打ち壊されたとの記録があり、現在も斧や鉈などの刃物痕が多数残っています。

嶋野家が手放したのちは、嶋野家の親戚にあたる佐野家の所有を経て、大正7年(1918)に改農園農林種苗合資会社の所有となり、数年前まで、種苗販売会社「改農園」の店舗として親しまれてきました。改農園は越生駅前に移転し、平成21年に現在の所有者が購入し現在に至っています。

木造2階建ての出桁造(だしげたづくり)(軒が深く前面に張り出した、格式の高い商家によくみられた造り)で、1階の店・座敷の奥には通土間(とおりどま)を通じて広い土間が、2階には4室の座敷が設けられています。

このように、生糸産業で栄えた越生の江戸時代末期の商家のたたずまいをよく伝えており、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として、登録されることとなりました。                      ( writer 285)

 

<登録有形文化財(建造物)とは>

文化財保護法に基づき、建築後50年を経過している建造物で、次のいずれかの基準に当てはまるものが対象となります。

一 国土の歴史的景観に寄与しているもの

二 造形の規範となっているもの

三 再現することが容易でないもの

 

Author: ヒキコマ、ハジマル。