製茶機械の父 高林謙三を顕彰、銅像を設置

日高市出身の製茶機械の発明者高林謙三の高林謙三の銅像が市内生涯学習センター入り口に設置された。地元の狭山茶専門店の備前屋は、狭山茶を加工・販売する産地問屋だが、高林謙三顕彰会の活動にも労をとった。清水敬一郎社長にお話をうかがった。

高林謙三像

―高林謙三はどんな方だったのですか。

清水 江戸時代末期、現在の日高市の北平沢というところの生まれです。医者を志し、川越で医院を開業し、大成功をおさめました。当時日本は開港し輸出向けにお茶が売れたので、茶の生産拡大が急務でした。しかし、手もみ製法しかないので、量産化のためお茶製造の機械化に乗り出す。医者で築いた資産をすべて投じて機械開発にまい進、数々の困難と悲運を乗り越え、粗揉機の特許を取得、これを静岡県の菊川の事業家が買い取り、製茶機械普及の一歩となりました。実はつい最近まで高林式粗揉機は後継機種が生産されていたのです。取引先の生産家は今でも稼働している工場があります。粗揉機の原理原則は百数十年たった現在でもまったく変わっていません。

日本全国の生産から販売までの茶業者で、高林謙三の恩恵に預かっていない人は一人もいないと言われています。それくらい偉大な恩人です。

―「高林謙三翁を顕彰する会」が地域にできたのですね。

清水 私の父(勇三氏)が日高ロータリークラブに入っていて、高林謙三という偉人が地元にいるという話をしたら、たまたま弁理士の方がおられ日本の民間人で特許認定の第1号であることを知っていた。それがきっかけで平成19年に顕彰する会ができました 20年に初代の会長である父が亡くなり、石井幸良二代目会長のご活躍で銅像建立が叶いました。

菊川市にある高林式の製茶機械メーカーの代表者は「埼玉の人は高林を静岡にとられたと思っているかもしれないが、静岡でも高林は正当な評価がされていない。しょせん埼玉から来たよそ者という扱いだ」。「高林謙三を顕彰するのはありがたい。ぜひ協力したい」と、百年以上前に製造された粗揉機を探し出し、完全に修復した上で寄贈してくれた。現在は「顕彰する会」を通じ正式に日高市に寄贈されました。

―銅像を建てることにしたのは。

清水 高林謙三を顕彰し、その偉大な功績を一人でも多くの方々に知ってもらうには、銅像の建立が望ましいということになり、5年間準備、24年9月から募金活動をし、25年4月18日に序幕式を行いました。

―銅像建立の意義をどう考えますか。

清水 日高市では小学校の総合的な学習で高林のことを学んでいます。銅像ができたことで視覚的に認識でき学習のプラスになるでしょう。また、場所柄、市内外の人に高林謙三のことを知っていただく機会が増えると思います。また、茶業関係者のPR拠点にもなり得ます。

―本も出版されたのですか。

清水 『みどりのしずくを求めて-製茶機械の父高林謙三伝-』(青木雅子著・けやき書房という本があったのですが、絶版になっていました。著者にかけあい、自費出版しました。清水社長

―高林謙三の墓はどこにあるのですか。

清水 川越の喜多院にあります。曾孫姉妹が定期的にお参りに見えると住職より伺ったので、銅像除幕式に出席していただきました。

(金子 豊治郎)

 

Author: ヒキコマ、ハジマル。