島田橋 (坂戸市)

島田橋(しまだばし)は、埼玉県坂戸市島田と同県東松山市宮鼻の間の越辺川に架かる沈下橋である。

この橋がある所は江戸時代当時、川越・児玉往還と千人同心街道が合流、分岐する所にあった。川越・児玉往還では石井宿(現・坂戸市)と高坂宿(現・東松山市)、千人同心街道では坂戸宿と高坂宿の間にあたる所である。しかし明治時代初期頃まではこの場所に橋は架けられず、島田の渡しといわれた渡し船による連絡であった。

明治初期頃に木製の橋が架けられ、越辺川両岸間の連絡が容易になった。
増水による流失や木材の腐食などによる劣化で幾度も架け替えや補修が行われ、1958年(昭和33年)の台風22号(狩野川台風)で流失した記録があり、現在の橋は1994年の台風による流失後に架け替えられたものである。管理者の坂戸市によると、流された島田橋は1995年建造。長さ約80メートル、幅約3メートル。水面からの高さは約2メートルで、増水時には水没する「沈下橋」だった。この橋も2014年6月の大雨(24時間 120ミリ以上)により流失している。

島田橋 坂戸市

流失した現在の島田橋

 

橋の建造は国土交通省の許可が必要で、国交省は安全性の観点から「コンクリートや鉄橋が望ましい」と市に伝えてきた。市は一時、撤去も検討したが、地元自治会長の市川さんらは市長に要望書を手渡し、親しんだ姿での復旧を求めた。地元県議や市観光協会も尽力し、国交省の了承も得て市は8月ごろ、復旧を決めた。再建費は約6800万円。年内に着工し、来春完成の予定。再び流されないようワイヤを通して強化するなどの対策も検討されているという。 (2014/9/13日経新聞記事より)

 

 

 

 

 

島田橋(坂戸)4

島田橋 2012年

島田橋(坂戸)2

島田橋 2012年

 

島田橋(坂戸)3

島田橋 2012年

写真は2012年の歴史ツーリングで訪れた時に撮影したもので、今となっては流失前の貴重な写真とスケッチになります。(歴史ツーリングは、現在もNPO広報じもとの活動として継続されている。)時代劇の撮影によく使われるので江戸時代からの橋かと思っていたら、明治以降の建設。江戸時代は戦時を意識して、橋をつくらずわざと不便にしていたためなのか?船頭の仕事をつくるためなのか?そんなことを考えながら、欄干のない木の橋と廻りの景色を楽しむ。

 

島田橋(坂戸)1

撮影に使用された島田橋

当橋の構造上における特徴として、ほぼ木製で路面は全面的に板張りになっている。それによりひなびた雰囲気と素朴な姿を長く留めていることや、都心から交通の便がよいことから、テレビや映画のロケーション撮影に度々使用されている。近代的な建造物を入れないで時代劇を撮影できる場所は少ないだろうから、貴重な地域の財産である。

 

 

 

 

 

島田橋(坂戸)5

地蔵観音他の石仏

 

南側(島田)の方には橋の脇の堤防の下に、地蔵菩薩、観音菩薩、水神など11基の石仏が祀られている。特に地蔵菩薩は天和3年(1683)より鎮座しているという古いものである。

 

 

 

 

 

参照:ウィキペディア、日本経済新聞記事、坂戸市ホームページ

Author: ヒキコマ、ハジマル。