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越生の夏のまつり2015

越生の夏祭り

7月25日・26日に越生まつりが、8月15日には町内の越辺川で灯籠流しが行なわれました。
歴史ある町の夏は味わい深いですね。

越生まつりは、文化・文政の頃(1804~1830)の頃に、夏の疫病退散を祈って始められた天王様の祭典が、
「越生まつり」として行われています。

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川越織物市場 全国的にも唯一残る明治の織物市場の建物

川越市松江町の路地裏に、2階建て長屋風の2棟の大きな建物がある。明治の末に、川越及び周辺で生産された綿織物の卸取引を行う場として建設された川越織物市場(いちば)である。往年の川越の産業史を語る産業遺構であり、全国的にも唯一現存する明治の織物市場建築として文化財としての価値も高い。

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伊佐沼(川越)の蓮

江戸時代からあった伊佐沼(川越)の蓮と大岩?

川越にある伊佐沼の古代ハスが今年も大輪の花を咲かせました。この古代ハス、最近ではあちらこちらで栽培・繁殖されていますが、もとは千葉市にある東京大学検見川厚生農場の落合遺跡で発掘された2000年以上も前のハスの実(3粒)を発芽させたもの。発見者の大賀一郎博士に因んで「大賀ハス」と呼ばれています。

井上安治の墓のある川越法善寺

川越ゆかりの浮世絵師 井上安治(探景)

井上安治(いのうえやすじ、1864~1889)という絵師をご存知だろうか。

よほどの絵画愛好家でもないかぎり、その名を耳にしたこともなければ、その絵を観たこともないかもしれない。ただ、浮世絵(錦絵とも)の世界ではそれなりに名の通った人で、優れた作品を世に残している。惜しむらくは、彼が26歳という若さで他界してしまったことである。浮世絵の歴史は、江戸寛文年間の菱川師宣(ひしかわもろのぶ)に始まり、明治末から大正初に終わりを迎えるが、井上安治の作画期は明治13年(1880)~明治22年(1889)ごろで、浮世絵終期に当たる。代表作は、葉書サイズの「東京真画名所図解」シリーズ(約160枚)で、「駿河町夜景」など川越市立美術館にも多く収蔵されている。

川越氷川神社

うるうる麗しき奇稲田姫さま

川越の總鎮守である川越氷川神社(川越市宮下町)、さいきん縁結びスポットとして大そうにぎわっているそうな。なんでも、毎朝お祓いをした白い小石「縁結び玉」を配布(個数限定)していて、これが縁結びに絶大な効験があるとかで、とくに若い独身女性の人気を集めています。なかには東武東上線の始発電車に乗って「縁結び玉」をいただきに来る熱心な方もいらっしゃるようで、恋愛というのは、している時はもちろんのこと、恋愛をする前からも非常に大きなパワーを必要とされるのだとつくづく思う次第であります。

川越八幡宮の聖徳太子

あの聖徳太子が、恋のお悩み相談!

川越八幡宮(八幡神社)の境内には、「ぐち聞きさま」という聖徳太子をかたどった石像が祀られています。これは、聖徳太子が「一度に十人の訴えを聞いても間違いなく聞き分け、先のことを見通された」という『日本書紀』の記述にもとづいたもので、その名のとおり参拝者の愚痴(ぐち)や悩みを聞いてくれるありがたーい聖徳太子様なのです。

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農業をしながら、そば店を開く 越生町 玄家

越生町の梅林から黒山三滝に向かう道から、少し入った山あいにそば店、玄家がひっそりと建つ。経営する桑原哲也、満紀夫妻は、田舎暮らしがしたいと、25年前に浦和(現さいたま市)から移り住んだ。普段は近くの田畑で耕作をし、週末(金土日曜)に店を開く、「半農半そば」の毎日だ。自然と触れ合いながら生活する。

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